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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)119号 判決

東京都台東区浅草橋一丁目二番八号

原告

株式会社 松一

右代表者代表取締役

松井一貫

右訴訟代理人弁護士

根岸隆

東京都千代田区大手町一町目三番二号

被告

国税不服審判所長

右指定代理人

菊池健治

奥原満雄

高須明

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五四年六月二九日付で原告の昭和四〇年九月一日から同四一年八月三一日までの事業年度の法人税についてした裁決は欠損金額一八、八九〇、五九三円をこえ、かつ欠損金額九、六〇八、六八七円をこえない限度で取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、飲食店の経営及び不動産の売買等の事業を営む青色申告法人であるが、昭和四〇年九月一日から同四一年八月三一日までの事業年度(以下「係争事業年度」という。)の法人税につき欠損金額九、六〇八、六八七円とする確定申告をした。

2  訴外浅草税務署長は原告の右申告に対し、昭和四四年一〇月二九日付で欠損金額四、二三八、二一二円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)をしたが、前記原告の申告欠損金額に加算減算した内訳は次のとおりである。

(加算項目)

(1) 給料否認 九〇〇、〇〇〇円

(2) 支払家賃否認 八、四〇〇、〇〇〇円

(3) 売上計上もれ 五〇〇、〇〇〇円

(4) 受取利息計上もれ 一、七二〇、八一六円

(5) 支払利息否認 三、一三一、五六五円

(減算項目)

(6) 受取利息否認 八、四〇三、九一二円

(7) 支払利息認容 八七七、九九四円

3  原告は被告に対し昭和四五年三月一八日付で前項の(2)、(4)、(5)項について審査請求をしたところ、被告は昭和五四年六月二九日付で本件更正処分の全部を取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

4  しかし、本件裁決には次の違法がある。すなわち、本件更正処分については2項記載の(1)ないし(5)は増額の、同(6)及び(7)は減額の各更正処分と解すべきところ、

(1) 原告が審査請求において取り消しを求めたのは右(2)、(4)、(5)の増額更正処分についてだけであるのに本件裁決は審査請求の対象とされていない右(6)及び(7)の減額更正処分についてまで審査の対象とし、これを取り消している違法がある。

(2) 審査請求の制度は不利益処分に対する権利救済制度であるから、右制度によつて、原告に有利な処分である前記の減額更正処分を取り消すことは国税通則法第九八条第二項担書に違反する。

(3) 本件裁決書はその理由中で、「原更正処分はその全部を取り消すべきである。」としながら、一方では「原処分のその他の部分については請求人は主張せず、当庁に提出された資料によつても適正と認められる。」と記載しているが、右記載は相互に矛盾しており、国税通則法第一〇一条第一項第八四条第四項に違反する。

5  よつて原告は本件裁決につき、欠損金額一八、八九〇、五九三円をこえ、かつ欠損金額九、六〇八、六八七円をこえない限度でその取り消しを求める。

二  被告の本案前の主張

審査請求の制度は更正処分において増額された課税所得金額のうち審査請求人が不服とする課税所得金額の取り消しを求めるものであるから、右制度において審査請求人が受ける利益は更正処分において増額された課税所得金額全部の取り消し以上はあり得ないところである。これを本件についてみると、被告は本件更正処分の全部を本件裁決によつて取り消した結果、原告の申告欠損金額にもどつたことになるからもはや原告において本件裁決の取り消しを求める利益はない。

三  被告の本案前の主張に対する反論

請求の原因4記載のとおり、本件更正処分は増額更正処分と減額更正処分を含んでいるところ、原告が審査請求において取り消しを求めたのは右増額更正処分の一部にすぎない。しかるに被告は原告にとつて有利な処分である右減額更正処分を含む全部の更正処分を取り消したのであるから、原告には本件裁決の取り消しを求める利益がある。

四  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4及び5は争う。

第三証拠

原告

甲第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二を提出

理由

一  本件訴えの適否について判断する。

請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いなく、この事実によれば、原告が係争事業年度の法人税の確定申告において欠損金額を九、六〇八、六八七円としたのに対し、所轄税務署長はこれを欠損金額四、二三八、二一二円とする増額更正処分をしたところ、被告が本件裁決において右更正処分の全部を取り消したというのである。

ところで、税務署長のした更正処分に対する異議申立て及びこれに続く審査請求の制度は右更正処分によつて生じた不利益状態の是正、すなわち右更正処分の取り消し変更を求める権利救済制度である(国税通則法第八三条第三項、第九八条第二項)から、審査請求に対する裁決において増額更正処分の全部が取り消された以上、もはや審査請求はすべての目的を達したものというべきであるから、さらにすすんでかかる裁決の取り消しを求める訴えの利益はないものといわねばならない。

原告は、本件更正処分は請求の原因2に記載する(1)ないし(5)については増額更正処分であり、同(6)及び(7)については減額更正処分であるとし、これを前提として本件訴えの利益の存在を主張するので検討するに、訴外所轄税務署長は本件更正処分において認定した欠損金額を算出するに当たり、原告の確定申告における申告欠損金額を基礎としてこれに益金もしくは損金を加算減算することにより右認定に係る欠損金額を算出しているところ、前記の(1)ないし(5)の金額は右の加算項目に、(6)及び(7)は減算項目に該当するものであることは原告の主張自体から明らかである。そして、右の加算減算項目の金額自体が係争事業年度の所得金額ないし欠損金額でないことは明らかであるから、本件更正処分は申告欠損金額九、六〇八、六八七円を欠損金額四、二三八、二一二円とした増額更正処分であつて、加算減算項目のような所得金額ないし欠損金額算出の前提となるにすぎない金額につき各別に更正処分がなされたものではない(国税通則法第二四条)。原告の主張は全く独自の見解というべきであつて到底採用できない。

そうすると本件訴えはその利益を欠き不適法である。

二  以上の次第であるから原告の本件訴えを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田耕三 裁判官 原健三郎 裁判官 田中信義)

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